JCAB自家用操縦士実地試験①

2017年8月10日(木)うす曇り 

 この日は台風一過の快晴!となる事を望んでいたのだが、予報は雨,曇,晴と二転三転して数日前から気をもんだ。5:30に起床して寝室のカーテンを開けると、低高度に厚めの雲が漂い、ところどころ時折晴れ間がのぞく晴れとも曇りとも言えない天気。風は強そう。予想によると上空5000ft近辺は25kt程度の西風との事。試験は有視界飛行で、雲の中に入る事は出来ない決まり。飛行コースは、岡山→笠岡→今治→高松→岡山の予定なのだが、効率よく4500~5500ftくらいで巡航すると間違いなく雲に入るだろう。かといって、2000ft程度で飛行すると低すぎて無線が入りにくい、3000ftくらいだと、雲を回避しながらの飛行になり、そんな中で緊急事態の状況付与などされたら、後手になって墓穴を掘るのが目に見えている。さあどうするか。  


7時に岡南飛行場到着の予定が、落ち着かなくて30分も早くついてしまった。まだ開門していない。仕方ないのでスマホアプリで気象情報の確認をしていると、いつの間にか門が空いていた。開けてくれたのはこの日の立会教官で、これまで一番たくさん教えを受けたA氏のはず。それにしても、目の前に門があるのに空いたことに気づかなかった。いつの間に??さすがは元戦闘機パイロット。いつも神出鬼没。  


ロビーに入るとすぐ、航空学園のB君と先日エアラインに内定したばかりのC君が来てくれた。彼らは私より10以上も年下だがパイロットとしては私の何倍も飛んでいる先輩(飲み会ではもちろん私が先輩)。この後試験官とのウェザーブリーフィングで使用する天気図の印刷や色分け、必要書類の整理など手際よく私をリードして手伝ってくれたり、私の代わりに買い物(切手)に行ってくれたり、これほど心強い事はなかった。  


この間にも天気は急速に変化し、何度も外に出て雲を見て、レーダーエコーを見て、を繰り返すうちにすっかり晴れてきた。相変わらずところどころ微妙な高度に雲が残ってはいたのだが、ここまで来れば、なるようにしかならない。私は指揮者として何度も緊張と失敗を繰り返して来た。その結果、「良い所を見せようとすると緊張する」という事と、「審査する側もされる側も、結局みんな同じ人間」という事を身に染みるほど理解しており、「どうせ自分はクズだ」と思うと余計に緊張がほぐれる事を知っていたので、この日は緊張という緊張もしていなかった。まあ、これは年の功というものだろう。  


程なくして国土交通省の試験官が到着。飛行場ロビーは一挙にピリッとした空気となり、挨拶もほどほどに試験へと突入していく。私に対して、何時から何をやるとか試験の流れの説明などは無い。(たぶん立会教官とは打ち合わせしている)それを決めるのは、あくまでも機長である私なのだ。(そうだ) 


ちなみに、日本の航空機の免許は例外なく国交省の試験官が航空機に同乗して実地試験をすることになっていて、この試験官は日本航空などのエアライン出身者、自衛隊、ジェネアビ出身者など経歴は様々であるが、全員がベテランのパイロット。 試験は個室で試験官、立会教官、私の3名で実施する。 「それでは出発前確認からどうぞ」と言われて試験の開始。結構圧迫。 まずは、航空法の定めによる機長の出発前確認。 機長として飛行機を出発させる前に確認義務のある事項を確認。


 参考:航空法73条の2

1 当該航空機及びこれに装備すべきものの整備状況

2 離陸重量、着陸重量、重心位置及び重量分布

3   航空法99条の規定により国土交通大臣が提供する情報

4 当該航行に必要な気象情報

5 燃料及び滑油の搭載量及びその品質

6 積載物の安全性 


上記をへて、最後に本日のフライトのルートおよび実施科目の説明をし、「以上で機長の出発前確認を終了します。」の宣言で終了。 そのままの流れで口述試験へ。


今実施した出発前確認に対する質問や、機体のシステム、航空法、緊急対処、捜索救難などについて、矢継ぎ早に質問されながら1時間程度。これをパスしないとフライトに進めないのだ。 「はい、ではフライトに移りましょう。何時に出発ですか?」 全て完璧に答えられたとは言えないが、どうやら口述はパス出来たようだ。ここで脱落する事だけは避けたかったので、少し安心。 


「お気をつけて!」と他の訓練生に送り出されてエプロンへ。

ここでも試験官にあれこれ質問を受けながら機内、機外の点検を実施。エレベーターを指さして「ここの内部は空洞ですか?」と予想外の質問され、しばしフリーズ。骨格は無かったはず、いや、あったかな??どっちだったろう。「…すみません、確かなことは解りません」と正直に答えた。なかなか手ごわい試験官。  

そのほか、タイヤの限界速度とか、アンテナの種類とかのやり取りをしながら所定のチェックリストを完了してエンジンスタート。 この日は西よりの15kt程度の風だったので、管制塔からランウェイ27より、西向きの離陸を提示される。 


「Ready for straight out departure 」  


フラップを10度とし、ショートフィールドテイクオフにて離陸する。これは、滑走路が短い、あるいは近辺に障害物のある飛行場にて素早く高度を取る事を目的とした離陸方法。岡南飛行場のランウェイは1200mあり、YS-11クラスの中型機の離着陸に使用できる程の充分な長さなのだが、通常より手順の煩雑なショートフィールドテイクオフが試験科目になっているのだ。  


このような上昇をVx(最良上昇角速度)クライムといって、急角度で上昇する分素早く高度を取ることが出来る反面、速度は遅くなる。対して、Vy(最良上昇率速度)クライムというのがあり、速度と上昇角度の両方の効率が最大となる。Vxよりも速度は速いが、上昇角は浅くなり、一定の高度に達するまでには距離を要する。  

滑走路に進入してセンターへアライン。最終チェックを手早く済ませて、深呼吸。「フルパワー!ブレーキリリース、ナウ!」もう後戻りはできない。機体は水平対向エンジンの独特のドロドロという咆哮をあげて最初ソロリソロリと、そして次第に背中をシートに押し付けられるような強い加速へと移行していく。プロペラが操縦席から見て時計回りに回っているのだが、その反作用で機首が左に行こうとする。これを右足のラダーペダルをギューっと踏み込んで修正、センターラインをキープするように走っていく。コタツの中で丸まった大きめの猫を足先でどけるような、強すぎても可哀想、弱すぎてもどかないからダメという感じの、本当にギューとしか形容の仕方がない独特の感覚。これがなかなか難しい。その間も機体はどんどん加速していく。  


本来は55kt ≒110km/hでローテーション。操縦桿を少し手前に引き離陸するのだが、この日は向かい風のせいか50kt近辺で自然と機首が自然と上がり、浮揚。両翼に風を受けた機体は早く舞い上がりたいとばかりにどんどん上を向こうとするのだが、そのままにしておくと上を向きすぎて速度が足りなくなり、やがて失速してしまうので、強めに操縦桿を抑えつつトリム操作も併用して姿勢と速度を維持。この、操縦桿を強く押しながら離陸していくという感覚が、初めの頃は少し意外に感じたのを思い出す。  200ftでフラップアップ。一時的に揚力が減って機体が沈もうとするのを、適度に操縦桿を引いて上昇を保つ。そうすると自然と増速してVyクライムの速度75ktへ移行していく。このときエンジンはフルパワーのまま。  


1000ft手前で、試験官から突然のエンジンカットコール。それを受けて右席の立会教官がエンジンカット操作。来ました。最初の緊急手順試験、離陸直後のエンジンカット。  


意外に思われるかもしれないが、飛行機はエンジンがストップしたからと言ってすぐに落下するわけではない。最良滑空速度と滑空比という物差しが機種ごとにあって、試験に使用したセスナ172の場合は最良滑空速度が65kt、滑空比が1:9。つまり、エンジンストップの状態になっても、65ktであれば、高度の約9倍の距離を飛べるという目安となる。これより速くても、遅くても、滑空距離は減ってしまう。  


エンジンカット後ただちに65ktの姿勢を確立、同時に不時着場を選定、アプローチしていく。離陸直後にエンジンが止まったらあそこだな、とあらかじめイメージトレーニングしておいた河川敷に滑空していく。高度が無いので、エンジン再始動の手順は実施せず、迷わず不時着を選択する。試験官と不時着場をインサイトして、このまま行けば無事に降りられる、と判断された時点で「はい、状況終了!」のコール。  


再びエンジンをフルパワーにして上昇しながらコースへ復帰する。倉敷川が蛇行しながら幅が狭くなっていって、見えなくなったあたりに瀬戸中央自動車道の粒江PAがある。これが左下に見えるようにコースを整え、前方に水島コンビナートの新しい橋の欄干、その先に岬、地図に引っ張った線と見比べて、ドンピシャのオンコースに乗せていく。グーグルアースで何度も見直した甲斐があった。ここまでは順調。(つづく)


JUNPEI FUJITA

空飛ぶ指揮者 藤田淳平オフィシャルサイト

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